キレイさっぱり

しょーがないんだけど、ネット通信状況があまり良くなくて、イライラすることが多い。

速度が遅いのは、ある程度ガマンする。

でも、送信したものが通信中にエラーを起こしてデータまでがどっかへ消えてしまうのはカンベンして欲しい。

この間、久々にこのブログをアップしようと思い記事データを送信したら、エラー画面に切り替わって、せっかく入力した文章が消去されてしまった。

もうそれは、潔いくらいあっさりと、どこかへ立ち去ってしまった私のしょーもないブログ記事よ・・・。本人がしょーもないって書くくらいだから、内容なんて一向に思い出せないために再入力も不可能。まだ、昨日の昼に何を食べたかってことの方が鮮明に覚えている。なぜなら昼は決まってダルバートだから。

とにかく、元来「怠け者&面倒臭がり屋」の私は、一気にやる気を低下させ、更新を怠ったのだが、サボったところで誰も困るわけでもないので別に問題なしとする。

問題があるとすれば、日にち感覚に続き、曜日感覚さえもすっかり見失ってしまったことである。

その辺のあやふやさとテキトーさにかけては同列にあると思われたネパリーに、「ところで今日は火曜日だったよね?」と聞いたところ、「今日は金曜日で、明日は土曜日だよ」と即答され、思い込んでいた曜日と実際の時間差が三日間も開いていたことに唖然とした。

なんか本当に無駄に生きてる感じ。
というか、何か世間に追いつけてない感じだ。

せめて日本への帰国日だけは忘れないようにしよう。って、言ってるそばから正確な日付が思い出せないので、後で確認することにする。チケットを保管した場所も忘れてたりしてね・・・。

適正価格

「ちょっと血液検査で血を抜きに行ってくるから店番してて」と頼まれた。

この時間帯ずっとお客さんも入らないでヒマだから大丈夫って言葉を付け加えて、人通りの多いタメルのメインストリートに店を構える店主は、こっちの返事も待たずに店を出て行った。

確かにこの30分、購入にいたるどころか服を物色するようなお客さんさえ入っていないが、英語もネパール語も話せないうえに、価格さえ把握してないから電卓でやり取りさえ不可能な役立たずだけが取り残されたときに限って、お客さんというのは不思議に店に引き寄せられてくるものなのである。

そんなことをうだうだ思っていると、店主が「5分で戻る」と偽りの投げかけを残した3分後に、二人組みの女性が入店した。

何語で話をしているのかさえわからない。

自慢じゃないが、私はイスラエル語とフランス語の区別さえできない人間なのである。以前それで、イスラエル人をあまり快く思っていないネパリーの友達から大ヒンシュクをかったことがある。

そんなことはさておき。

女性二人組みの内の一人が、店頭にディスプレイされていたスカートをいたく気に入ったらしく、手に取って熱心にそれを見ていた。

その商品なら心得ている。

素材が何かも、そして肝心の価格も・・・。

なんならディスカウントの交渉さえも受けて立とう。幾らまで下げていいもんか知らないが、強引に店番を押し付けた店主に非がある。店側に損をさせてしまったとしても、店主はこの一件で二度と私には店番をさせないという、私側には利点しか残らない。

よし。来るなら来い!!!!!

お客が一歩、また一歩と、店内奥へと歩み進む。

必要以上に身構える私。

セブンハンドレッド

英単語の準備も万全だ。

「ハァウ マァ〜チッ?」

商品を片手に、女性が私に微笑む。

「セ・・・」と声に出そうとしたそのとき、女性の背後からお昼の休憩から戻ったこのお店の正社員が入って来た。まぁ、私はアルバイトですらないわけだけど・・・。

そして「セブンハンドレッド。マダァ〜ム」と、完全に私のセリフを横取りしたのである。

チッ。

この時ばかりは軽く舌打ちしたい気分であった。今までの緊迫感が一気に台無しである。

「セブンハンドレェ〜〜〜(ド)?!」と、女性は大袈裟に驚いて見せ、「200でしょ?」と、日本円に換算して250円にも満たない金額を提示して、私をさらに仰天させた。

あ〜、店主が不在でよかった・・・。

正式な店員である男性は、あくまでも物腰柔らかに「そんな価格じゃどこのお店でも販売しないよ」と言うと、ツワモノのお客は、「じゃ、250」と、何の足しにもならないような50を足してきたので、すかさず店員は「マダム。それじゃお店にプラスどころかマイナスですよ」「だったら他のお店で聞いてくるわ」「あー、どうぞ、どうぞ。そうしてください」。

そんな調子で平穏に会話は終了したのだが、5分どころか30分以上経過してからノコノコお店に戻ってきた店主に、このやり取りを「笑い話」として話したのだが、お客さんに対して「どちらかというと挑発的であるがために接客に非常に不向き」なこの店主は一気に表情を曇らせ、冗談ではなく真剣な顔つきで私に向かってこう言った。

で、おまえ、そのとき「Fu●k You!!」くらい、言ってやったんだろうなぁ。

脅しにも取れる迫力ある顔を近づけてきてこう言うので、「そ、そんな、わたくしごときが、お客様に対してそのような言葉を言えるわけがないじゃないですか・・・」と、なぜか何の非もない私がおどおどするはめになってしまった。

まぁ、この店主の発言も「半分」は冗談なのだが、同じように店を経営している側からしてみたら、その気持を理解できないわけではないのである。

苦労して仕入れたり、時間や手間をかけて製作したものに対して、素材の価格にさえならないような価格を、平気で提示してくるわけだからねぇ。

そうはいっても、お客さんからしてみたら、素材の価格だの手間暇だの、それを考慮した適切な料金などわからないのが普通であり、そんなこといちいち念頭に置いて買物をすることはあまりない。「己の価値観のみが購入判断基準」少なくとも私は。

そのようなことは問題ではなく、タチが悪いのは「ネパールのような発展途上国なのだから、なんでもかんでも安くて当然」という、物の価値観もなんもあったもんじゃない、それこそ貧相極まりない考え方で、乱暴な価格を提示してくるお客なのである。

そういう「残念なツーリスト」というのは、ネパールだけに限らず、バリ島にも他の国にも、いたるところに存在しているわけなんだけど。

店側に気を使って買物をする必要などなく、自分の納得する価格で購入することが一番だが、「物の流れ」というものは、単純に金銭だけが介入して生まれているのではないということに気づいて欲しいと、生意気にもそう思う瞬間が、ときにある。

×溶けたアイスクリーム→○???

前々回のブログで誤りがあったので訂正したい。

「溶けたアイスクリーム」と表現した着ぐるみだが、よくよく見たら、正しくは「使い古したモップ」でした。

そもそも正しいもなにもないんだけど。

この日はフェスティバルの二日目だったのだが、一緒にいた幼い女の子は、すれ違ったモップに対して「あれ、人間が入ってるんだよね」と言って、眩しく微笑んだ。

すべてお見通しなんですね。

さらに発覚したことだが、その「人間」の正体が「思った以上におっさん」だったという切ない事実も付け加えておく。

その辺で無防備にというか、大胆にというか、「お着替え」を大公開していたものだから、「おっさん→モップ」へと変わりゆく姿を目撃するハメになってしまったのである。

ついでだから写真を撮らせてもらった。

そのように、ユルい感じのフェスティバルだが、夕刻になると本格的な民族ダンスや音楽がスタートし、昼間なんかより断然盛り上がるのである。

よくよく見ると9割が現地の人だったりするんだけど。

私も小さい女の子に手を引かれて(エスコート役逆だろ)、すごい人並みをぐいぐい押しのけ、さらには、先に陣取っていたオジサンをどかして女の子が確保してくれた「微妙な位置」のスペースで、民族ダンスを鑑賞した。

鑑賞場所が二階だったため、踊っている人の頭しか見えなかったが、それほど興味がなかったためその点は特に問題なしとしても、隣にいた3歳くらいの男の子が、「テープでのみ」固定された照明をグラグラ揺らすものだからハラハラして気が気ではなかった。

その黒い物体が落下した後の大惨事を想像できないお年頃とはいえ、あまりに無邪気な笑顔でガンガンと照明を叩くため、テープより先に私の堪忍袋の方が先に限界を迎えてしまい「こらっ!! それ以上叩くんじゃない!!」と、照明を揺らす手をそこからどかしたのであった。

一緒にいる親も子供がしでかしてることよりダンスに夢中になってるんだから呆れたものである。そもそも、照明機材をテープでぐるぐる巻きにしただけで上からぶら下げてるって主催者側に問題があるんだけど。危機管理なさ過ぎ。

これだけ大勢の人がフェスティバルに集まって楽しんでいるわけだから、最後まで事故など起こらないよう、安全には十分配慮して欲しいものである。

MotiオリジナルNEWバッグ誕生★


























ご報告遅れましたが、先月Moti(モッティー)の新しいオリジナルバッグが完成しました。

当初、オリジナルバッグの製作に取り掛かるつもりがなかった上に、バリ島での滞在あとわずかというタイミングで「思いつくまま」製作をスタートしてしまったので、いつもに増してタイトなスケジュールになってしまいました。

にもかかわらず、製作途中でデザインの変更を何度も繰り返してしまったため、滞在中に製作できたバッグはほんのわずかとなってしまい、すでにお店の在庫は品薄状態とのことですが、現在、縫製者さんをプッシュして続々製作中です(のはず)。

今回バッグの素材として使用されているインドネシア産のバティック布は、味わいのあるアンティークものを用いてみました。

中にはプリントバティックではなく、手間ヒマ掛かっている「手描きバティック」の掘り出し物もあるので、ご来店の際はぜひ手にとってご覧下さい★

MANDALA STREET FESTIVAL 2010

前代未聞の下痢から立ち直った私だが、今日はうってかわって祭り気分である。

日本語がおかしいが、そんなことは気にしない。今日はもっとおかしなものを路上で発見したからだ。新種の哺乳類かもしれない。

私と同類の野次馬に「あれはなに?」と訊ねると、「人間だよ」と、夢のないことを言ってくれる。

誰も中身のことなど聞いてはいない。でも、野次馬の発想など所詮そんな程度のものかもしれない。聞いた相手を間違えた。

がっかりな気持ちを切り替えて、白い謎の生き物(私は雪男もしくは溶けたアイスクリームを表現したものだと思っている)と、二足歩行のパンダを激写。


























すっかり楽しい気分になったので、パンダと一緒に記念撮影をする見ず知らずの人の写真も撮らせてもらう。溶けたアイスクリームとは誰も一緒に写真を撮りたがらないのが不思議である。












パンダや溶けたアイスクリームを撮影するのにも飽きたので、調子に乗って、今度は民族衣装を身にまとった可愛い女子に「写真を撮らせて」とお願いする。

可愛い女子は気持ちもステキにできているらしく、快く「どうぞ」とにっこり笑ってくれた。

わぁぁぁ〜〜〜い。

浮かれ気分でその場に居合わせていた知り合いなどに「見て、見てぇ。すっごく可愛いでしょぉ〜」と自慢すると、「コッチの子、もう一回写真を撮ってきて」と、ニヤついた顔の男子にお願いされたので、「その携帯で女の子と一緒に写真撮ってあげるよ」と背中を強引に押すも、激しく拒絶される。恥ずかしいらしい。

逆に「あの白いの(溶けたアイスクリーム)と写真撮ってあげる」と背中をぐいぐい押される。

「止めろぉぉぉ〜〜〜!!!」得体の知れないものは眺めているだけで十分である。間違っても恥らっているわけではない。

「撮ったげる」「いいって!!」「撮ったげる」「いいって!!」「撮ったげる」「いいって!!」「撮ったげる」「いいって!!」「撮ったげる」「いいって!!」「撮ったげる」「いいって!!」

今日からスタートした小さなストリートのフェスティバル。昨日が昨日だっただけに、些細なことでも楽しめる一日である。

病状よりも、ときには薬を飲む方がしんどし・・・

お腹を壊した。

元からお腹の頑丈な方ではない私のことなので、これといって大騒ぎするほどの病状ではないのだが、年に一度か二度、「常軌を逸しているのではないか?」というほどの腹痛というか、下痢がやってくる。

もうそれは、年に一度の特別大放出ってくらいの豪快さであり、前置きが遅くなりましたが、これからこの日記を読む方は、口に食べ物を含んだりしている最中であってはいけません。よろしく。

とにかく水っぽいのである。

水っぽいというか「水」。

そして吐き気。

下腹部の激しい痛みと、5分もおかずの忙しいトイレットタイム。はっきり言って、出たり入ったりするよりトイレに篭城していた方が体力消耗しなくて「良し!」ってほどの頻度。

そしてそこで排出するものは「水」。固形物ではなく、液体物。まるで水のようにさらさらと、「今、なにか出た?」って感じる間もなくナチュラルに、ほぼ汚濁なくそれらは開放されるのである。

明らかに通常の下痢とは違う「厄介度」を感じた私は、「この厄介者には特効薬なしだろう」と悟りつつも、藁にもすがる思いで「正露丸糖衣A」を飲んでみたが、二時間経過しても効果なし。

激しいお腹の痛みと吐き気、そして尋常ではないトイレの頻度を見かねた現地人のマダム(というより「頼れるオッカサン」という感じ)が、「薬局行くよ!!」と誘ってくれたので、「現地の薬を口にするのは崖っぷちギリギリに立ったとき」という私の信念には反するのだが、目上の人を立てて「薬剤師さんのいない適当な薬局」に出向くことにした。

「吐き気があり、お腹も下しています」という病状を訴えると、薬局のおじさんは「じゃっ、この薬を一日三回、一回につき“1タブレット”飲むように」と、見るからに喉につかえそうなサイズの錠剤を出し、さらに余計なことに「この粉末を1リットルのお湯に溶かして飲むように」と、2種類の薬を差し出した。

マダムは早速満足げに、錠剤と粉末をテーブルの上に並べ、まずは粉末の方を薬局で言われた通りにペットボトルに入ったお湯に溶かし、そしてその薬をもってして、「錠剤を二錠飲みなさい」と言う。

え?

薬局の人、一回につき一錠って言ってたけど・・・。

「一錠でしたよね?」と、人差し指のジェスチャー付きで(さらに笑顔も交え)マダムに聞き返すと、険しい顔で「二錠だよ」と答える。

長さおよそ1.7cm、幅およそ1cm、厚みおよそ0.7cm。

こんな危険なサイズの錠剤、規格外個数を摂取していい訳がない。

マダムの険しい表情に根負けして、飲んだところで死ぬことはないだろうが、まだたった二時間前に「正露丸糖衣A」を飲んだばかりでもある。

これでは症状が悪化するか、または別の病状が出てくるか、もしくは「可もなく不可もなく」の中途半端な結果となるか、いずれに転んでも「ガマンして飲んだところで良い事なし」である。

私は他の英語の通じるネパリーを捕まえて「薬局では一回につき一錠飲むようにって指示だったんだけど、マダムは二錠も飲めって言うの」と訴えると、マダムとしばらく話したネパリーは「トイレの回数が頻繁だから二錠飲んだ方がいいって。二錠飲んで」と、シロウト判断のムチャクチャなことを言う。

トイレの回数で錠剤の数決めちゃうの?

しかも、薬で薬を飲めってすごくない? 通常は、水かお湯で落ち着くでしょうよ。

「そんなね、なにもかも無茶な指示には従えないよ」という顔つきで、薬を飲むことを渋っていると、「だったら手始めにこっちの粉末の方を飲みなさい」とペットボトルを差し出される。

その色の感じは「ポカリスエット」とまるで一緒なのだが、味は雲泥の差で異なると容易に想像ができたので、これまた口に含むことを躊躇。ポカリのうまさを知ってしまっている人間としては、類似品(ポカリは薬ではなくスポーツドリンクなわけだが)など口に出来るわけがない。

私の身を案じて薬局に連れて行ってくれたことを考慮しても「ごめんなさい。納得できないので拒否します」と、曖昧なジャパニーズスマイルを浮かべて後退りをする。

するとマダム、迫力ある顔がいつもに増して危険な表情になり「これを二錠、こっちはペットボトルの中のものをすべて飲み干しなさい」と、厳しい口調で言えば、そのやり取りを見ていた他のネパリーは「このほかにもペットボトルあと3本分だよ」と、きっついコメントを付け加える。

過酷だ。

正直言って、今のこの腹痛といった症状なんかよりずっと、薬を無理して飲まなければいけないと迫られている今の状況の方がずっと、地獄の苦しみである。

言葉を失う私に、マダムを含めた周囲のネパリー数人が「早く飲みなさい」「飲んでもないのにマズイから嫌だって? 薬がマズイのは当たり前だろ!!」「これ以上症状が悪くなってもいいのかっ?!」と、叱咤激励の「叱咤」の部分でばかり追い立てる。

仕方なく、まずは見てくれがポカリに似てる方から口にしてみる。

うえぇぇぇ〜〜〜。

中途半端に甘いんだけど磯っぽい味がするぅ。

こんなのペットボトルのキャップ一杯分だって無理だわ。

「やっぱり無理でした」と、ペットボトルを返品しようとすると、まさにそこには「鬼のような形相」のマダムが立ちはだかっており、小心者の私にはそれを実行することは出来なかったのである。

そのかわりといってはなんだが、マダムと他数名のネパリーの目を盗み、錠剤は一錠だけを飲んでもう一錠はポケットに隠し持ち、磯風味の液体の方は半分だけを飲んで残りは土を潤してあげたのだった。

お祭り気分も残すところあと数日

ネパール国民が大いに盛り上がるお祭り「ダサイン」も、残すところあとわずかである。

一週間以上も続くこのお祭りだが(うちメインは数日間だけ)、ただの「ビジター」である私は当然のごとく「まるで他人事」なイベントである。

他人事どころか「メインの数日間なんか、お店もレストランも閉まっちゃって町中静かになっちゃうし、つまんないなぁ」と、「ダサイン、ダサイン」とはしゃぐネパリーとは逆に、なんだか遠い目になってしまう私なのであった。そうまるで、背中を丸めて哀愁漂わせる路上のこの犬のように・・・↓

大抵のネパリーが家族の元へ里帰りしちゃうし、嬉しそうな顔してる彼らを見てると、バリ島からタイ、そしてネパールへと移動して、すでに二ヶ月あまり家族と離れている私は、ちょっとホームシックになってしまうのである。ほんのちょびっとね。

それでもメインであるティカの日には、友達の家族やら親戚やらの家を訪問して、私も額にティカをしてもらったりしたわけだが、今年は天候に恵まれずに雨がだらだらと降っていたせいもあって、なんだか盛り上がりにかけたメインデーだったような気がする(どこまでも他人事視線で見ていた私の至極個人的な見解であるが)。

だってさ、もう周りって常日頃から「お金がない、お金がない」って、景気の悪いことばっかり言ってる人たちばっかりなのに、そういう文化だから仕方ないんだろうけど、このダサイン期間中に限っては、家族や親戚へのプレゼントや飲み食い、新しい衣服を購入するのに大金が必要になってくるらしくて、お互いに借金の申し出とかして「どうしても貸してくれないと困る」だの「俺だって金に困ってる」だの「これじゃ里帰りできねーよ」だのやってるのを見てると、どうしてもシラケタ気分になってしまうのである。

お金ないなら、それ相応に楽しめばいいじゃん。無理してお金使うのやめなよ。(このお祭りのためにお給料一か月分とかそれ以上のお金を消費したりする)

最初からわかってることなんだから、一年に一度のこの時期のために、少しはお金残しておけばいいじゃん。

そして、あれほど「お金なぁ〜い」「お金どこぉ〜?」と言ってた連中は、一日中トランプゲームなどして、なけなしのお金を賭けているのである。

なんだか大変ですね、ダサインって。

やはりこんな風に人事で片付ける私は、現地の文化を理解しかねる外国人だからなのだろうか? 疑問符つけるまでもなく、「そう」である。


ダサイン祭り中のメイン数日間は、ツーリストエリアのタメルでさえも、シャッターの閉まる店舗やレストランは少なくない