崩壊

なんでこうもトラブル続き?

昨晩のことである。

瓦礫の崩れるような激しい音が、宿の敷地内から聞こえた。
あまりにも激しい音だったので、何者かが車で敷地内の壁を突き破って侵入してきたのかと、ベッドの中で震え上がったほどである。

部屋から出て外の様子を伺おうかとも思ったのだが、車で壁をぶち抜くほどの「大胆かつ雑で頭の悪そうなドロボー」などにつかまってしまったら、発見されたら最後、ぼかんと一発であの世に送られそうだったので、しばらくベッドの中で身を潜めておとなしく時が経つのを待ってみた。

しばらくしてもそれ以上不気味なことが起きそうになかったので、私はトイレに行くことにした。時計を見ると、深夜2時20分をわずかに過ぎた頃だった。

この時は気づかなかったのだが、不吉な兆候はその直後に表れていた。

トイレの水が流れないのである。

水道やトイレの水が出ないことは、残念ながらここではよくあることだったので、「なんだ? 水を汲み上げる装置が故障か?」程度で、私はこの時に起こった事態をほとんど深刻には捉えておらず、「しょーがないなぁ。明日朝にでもスタッフが気づいて直すだろう」と、軽く流して寝てしまった。

ところが翌朝、顔を洗おうと水道の蛇口をひねっても、水が一滴も出ないのである。

昨晩流せなかったトイレの水も然り・・・・・・。

「カンベンしてよぉ」とうんざりしながら、とうに起床しているスタッフに「水が一滴も出ないよ」と告げると、どちらかというとどこに行っても軽く対応されてしまう私は「そうなの? ちょっと待ってねぇ。え? 今すぐトイレに入りたいの? じゃ、そこのトイレ(スタッフと宿の住民用)使って。歯も磨きたいの? シャワーも浴びたいの? じゃ、そこのお風呂(もちろん水。そしてスタッフと宿の住民用)使って」と、にっこり微笑み、まったく慌てた様子を見せないどころか、水が出ない原因さえ突き止めようとしないのであった。

「こりゃ、しばらく放置されるな」

そう思ってうんざりしながら、肌寒い朝に水風呂を浴びるなどの根性がない私は、顔を洗い、歯を磨き終えた時点でその場を去ろうとした。

するとスタッフに「あれ? 体は洗わなくていいの?」と声を掛けられ、「お湯が出ないお風呂など、私にはとても無理です」と嫌味を加えて丁重にお断りすると、「それならあそこ(空いてる客室)のシャワー使いなよ」と、なんでそれを最初から言わないの? というか、水が出ないのは私の部屋だけなわけ? と、突っ込みどころ満載なネタを頂戴する。

そんなやり取りをぐだぐだとやっていると、他のゲストも「水が出ないよ」と騒ぎ出し、するとどうでしょう、私の時には笑ってやり過ごしていたスタッフも、「えっ?! 水出ないのっ?!!! ちょっと待ってね!!!」と、「だから私がさっきからそー言ってるじゃん」の今更事で慌てだし、あっという間にバイクでどこかへ消え去ったのであった。

恐らく大工を呼びに行ったのであろう。しかも、うちのお店の天板を大騒ぎで替えていった、あのどことなく頼りないところがチャームポイントでもある棟梁を・・・・・・。こりゃ、ヘタすると水が出るようになるまで数時間はかかるな。

思った通り、顔見知りの大工トリオがわらわらとやって来て、敷地内の工事作業中の一角を見て「あ〜、こりゃ面倒なことになったなぁ」みたいなうんざり顔で、スタッフにあれこれ説明をしていた。

私が「どうしたの?」とスタッフに状況を尋ねると「昨日の雨で工事で積んでおいたブロックが崩れて、近くに配置されてた配水管がおかしくなった」のだと言う。

な・る・ほ・ど。

昨晩のあの音は、私の部屋から10メートルも離れていないこの作業場のブロック塀が崩れ落ちた音だったのである。

「なんか他のお客さんが夜の二時ごろにすごい音を聞いたっていうんだけど、そんな音聞こえた?」「え? むしろあの音に気づかなかったの?!!!」「ぜんぜん」「・・・・・・」

このブロックの山を積んだ張本人であろう大工は大工で「昨日の雨のせいなんだよねぇ。ほら、昨日の夜、雨降ったでしょ?」って感じで私に同意を求めるのだが、確かに雨が降ったは降ったが、ほんの数分で降り止んだ一時的な雨であり、ブロック塀をなぎ倒すような激しい雨ではまったくなく、「むしろ雨より地盤の問題じゃないのか?」と、あらたな不安を掻き立てるのであった。

「20分ほどで修復できる」という恐ろしいほど楽観的な根拠のないスタッフの予測は見事に外れ、水が出るようになるまで少し時間は掛かったものの、まる一日を待たずして復旧したので、ひとまず良しとする。