疑心暗鬼

自分の不注意とはいえ、ツイテナイことが続き、少しハードなフライトスケジュールをこなし、ようやくバリ島に到着した頃には「私、もうすでに大仕事を果たしてクタクタです。一刻も早く宿の部屋で休みたいです。望みはそれだけです」

なのに。

それなのに。

空港出口、お願いしていたタクシーの運転手が見つからない。

友達のパパに出迎えをお願いしていたのに、到着予定時間を40分も過ぎているというのに、その他大勢の現地のお出迎えの人並みの中を、何度も何度も往復して歩き、私の存在をアピールしているというのに、声を掛けてくるのは見知らぬフリーのドライバーばかり。

完全になめられた客である。

お出迎えのことを忘れているのか、日時や時間を間違っているのか、はたまた渋滞に巻き込まれているのか(空港出迎えのドライバーというのは、だいたいそういうことも見越して到着時間前に余裕をもって到着しているものであるが)、もしくは、あっては欲しくないがこちらが検討もつかない場所で待ち続けているか−−−。

電話を掛けようと、総重量35Kgの荷物をなかば引きずるようにして移動する。

日本でいうところの公衆電話(有人)にあたるワルテルを発見し、携帯電話に掛けると一分幾らかかるのか店員に事前確認をする。緊急事態だというのに、その辺が抜け目ないところが自分の気の毒なところである。

すると店の店員は「Rp6000」だと言ってのけたので、私は数秒の間言葉を失い「マハール(高い)」とだけ言い残し、その場を立ち去ったのであった。
このときの私に「お気楽な買い物してるわけじゃないんだから、状況を考えて判断しなさいよ」と、肩を叩いてやりたい思いで胸が詰まる。

私は総重量35Kgものネギを背負ったカモなので、空港内を頼りなげに彷徨っていると、実にさまざまなタクシードライバーからお声が掛かるのである。

たいてい無視をきめこんでいるとあちらも諦めてくれるのだが、一人だけ、コイン使用の無人公衆電話までついてきたドライバーがいた。

私がインドネシアコインを探し始めると「これは今壊れていて使えない。電話を掛けたいんだな?相手の番号はわかっているのか?だったら俺が掛けてやる」と言って、自分の携帯電話を取り出し、私の手帳に羅列してある数多くの電話番号を覗き込み、そのうちのいづれかを適当に押し始めたのである。

一体この中の誰に電話を掛けようとしているのか、大変興味深いところだが、私はその手を制して「ちなみにこれ、一分掛けたら幾ら取るつもり?」と尋ねると、「Up to You」と、一番曖昧でいて最も危険な言葉を発するではないか。

「Up to You」という奴に限って、こちらの好きにはさせてくれないものである。

「Up to You」は私には無用である。ハッキリと幾らか自分の希望を答えよと詰め寄ると、「Rp20,000でいいよ。OK?」と言って、こちらの答えを待たずに、またもやランダムに電話番号を押し始めた。

待てい!!!!!!

一分200円も取るなんて国際電話より高いじゃないか!!!
なんだ? それとも0をひとつ多く見積もってしまったのか?
それなら私も納得だ。譲歩してもいい。

「一分Rp2000ね?」
「違う。Rp20,000」
「・・・・・・」

別れも告げずに私たちは無言のうちに別れた。

仕方ない。
あと15分だけ待とう。
それでも所定の場所にパパが来なければ、私は空港窓口のタクシーをお願いするのでなにも焦ることはない。

善良そうなお出迎えの人を見つけて、その場で携帯電話をお借りしようとも思ったが、人を見る目に自信がなかったうえに、逆に弱みにつけこまれそうだったのでそれは却下した。

それから10分ほど、私も現地のお出迎えの方々の群れにいい感じに馴染んできた頃、パパは背後から現れた。

「元気?」
「もぉ〜、どこに行ってたのよぉ〜。探しちゃったじゃなぁ〜い」

どこかへ行っていたわけではなく、そもそもその場所にいなかったのだが、私は「これくらいのことで目くじらを立てていてはこの先の一ヶ月が大変きびしいことになる」と自分を言い聞かせ、つとめて明るく言ってみせた。

自分が大幅に遅れて来たことなど一切触れず、パパは「じゃっ、行こうか」と私を促し、車は順調に目的地へと向かっていたはずなのだが、車中でパスポートに手が触れたとき、私は咄嗟にあることに気が付いた。

「まさかとは思うけど、ビザとスタンプの確認してない!!」

バリ島に入国するには、空港でビザを申請する必要がある。

事前に用意する書類などはなく、ビザ代を準備さえすればその場で最高一ヶ月間までの滞在を許可するビザを入手することが出来るのだが、このビザではないのだが、以前、入国審査官がパスポートに入国スタンプを押さず観光客を入国させ(恐らく故意に)、当然のごとく後にそれが大問題となり、「追加で金を払えば手続きをしてやる」という名目で賄賂を取ったという話を聞いたことがあったので、私はそれを警戒していたのである。

ビザに関連したトラブルも発生していて、ビザには滞在日数によって二種類のビザがあるのだが(ビザ料金が異なるだけ)、実際の滞在日数よりも少ない有効日数のビザを手続きさせ入国、後に出国審査の際に問題となり、より多くの金銭を要求されたなど、その手法はさまざまである。

そのような、ある意味関心するような手口を実際に聞いていたので、はじめのうちこそ警戒をして、すべてにおいてチェックをしていたのだが(それこそスタンプの位置ですらいちいち入国審査官に確認するほどの用心深さ)、それもほんの数回続いただけで、「正常に入国審査スタンプを捺印、ビザステッカーを貼付してくれるのが当然」という感覚に戻ってしまったのであった。

さて、前置きが長くなってしまったが、私はこのところ用心や注意が散漫になっており、その結果、大事な大事なMP3までも日本に置き忘れてしまうといった失態をやってのけてしまったわけである。

それプラス、今回は(も)、バリ島の入国にあたって必要なものが当然のように揃っているか「確認の義務」を怠ってしまった。

「何事もありませんように」

そう祈りながら、パスポートのページを一枚一枚めくる。

まずは入国審査のスタンプを発見。

しかしまだ安心はできない。

パスポートの一ページをまるまる埋め尽くす、あの堂々としたインドネシアビザのステッカーを探さねば。

探さねばっていうかさ、通常は入国スタンプとセットで貼ってあるはずなんですけど・・・・。

どんなに一枚一枚丁寧に、最後など血眼という表現に値するほど必死になって探しても、該当するビザが見当たらない。

見当たらないというか、ない。

・・・・・・。

やられたのか? やってしまったのか?

そんなことはどーでもいい。

車よ、止まれぇ〜〜〜い!!!!!!!

運転手のパパに事情を話し、イミグレーションオフィスに行って欲しいとお願いする。
すると、こんな深刻な事態だというのに「明日じゃダメなの?」「ダメ!! 今すぐ!!」「でもこっから遠いしなぁ」「遠いわけがない!! まだ20分くらいしか走ってないし、空港の近くにあったはずだよ」「どうしても今行きたいの?」「今だって言ってるじゃ〜〜〜ん」「ところでお昼はもう食べた?」「・・・・・・」といった、緊迫感のない会話をしなければならず、最後のトドメが「仕方ないなぁ。じゃ、追加料金幾ら払ってくれるの?」である。

いいよ、別に。そこに金銭が介在したってさ。非難はしない。でもなんか、疲れたよね、どっと。この先、自分がこの島で使いものになるのか心配。

渋るパパを引き連れて、イミグレーションオフィスに出向き、そこでもいろいろあったわけだがここでは割愛。ビザステッカーのことを尋ねると「ここんとこ観光シーズンでお客さんがものすごく増えたから、ステッカーなんて貼ってられなくて省略した」とのこと。

その理由を聞いて、私は逆にますます不安になってしまった。

そんな冗談みたいな、テキトー主義を前面に押し出したような方針でいいのか?

挙句、この目の前のオフィスの人がいうことでさえも信用できなくなり、ひとまず空港に戻って、同じ外国人の方にお願いしてパスポートを見せてもらうくらいしないと、「不安で夜も眠れないわぁ〜〜〜」ということもないので、もう面倒臭いし、なにより自分のやってることは正当なことのはずなのに、ばかばかしいことをしているような気持ちになり、とっととウブドへ向かうことにしたのである。

ウブド到着後、念のために日系の某旅行代理店へと出向いて事情を説明し「ビザのステッカーがなくなったって本当ですか?」と確認をすると、「そういうインフォメーションはきていない」とのことだった。

やはりガセか−−−。

さらに念のためにネットで情報収集をしてみると、なんと早々に、この情報を発信しているサイトがありました!!!

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