文明社会にどっぷり浸かってジタバタ
お店を閉めて、夕飯を取り、そしてその後もオーダーした縫製チェックと作業が続き、部屋に戻ったのは22時。
「はぁ〜、疲れたなぁ」
やっと息抜きできる場所に戻れて、思わず本音の独り言を呟いて鍵を開けたまではよかった。だがしかし、スイッチ入れたはずなのに灯りがつかないのである。
あれ?
停電なハズはない。
だって他の部屋は灯りついてるんだからね、しっかり。
「どうしたんだろう?」
ひょっとしたら一階部分の電球が切れただけなのかもしれない。
二階は大丈夫だろうと、真っ暗闇の中を階段上がってスイッチON!!
しかし、OFFのまま。
エアコンも、テレビもつかない。
ゴキブリ出没率の高いバスルームすらも・・・。
私の部屋、電気通ってません。
やだぁ〜〜〜!!!
これからまだ仕事しなきゃいけないのに!!!
荷造りだって進めたいのにっ!!!
私は軽くパニックを引き起こした状態で、スタッフルームをノックした。
時間はすでに22時をほんのちょっと回ったところ。
十分に寝てる可能性が高いので、ちょっと控えめに「コツコツ」程度にノックしたけれども、まったく反応がない。不在なはずはないと思う。だって部屋の前にサンダル置いてあるし。
今度はちょっと強く「ゴンゴン」というノック音にプラスして「カデッ、カデ!!」と、スタッフの名前を呼んでみる。
しかし、反応なし。
どうしよう。
スタッフは女性なので、それ以上激しく突っ込むことができないばかりか、ましてや返事もないのに勝手にドアを開けて押し入ることもできない。
「仕事とやりたいことを諦めて、今日は大人しく寝ればいいだけの話じゃん。エアコンなくて蒸し暑いけどね」
自分に言い聞かせる。
これが男性スタッフなら、鍵がかかってようが部屋のドアをこじ開けて、本気で眠っていようが狸寝入りで拒否しようが、絶対に叩き起こすところである。
そういえば去年も、同じくらいの時間帯に部屋へ戻ると、トイレの床が水浸しになってた事があったっけ。
しかもそれ、洗面台の蛇口の元栓みたいなところから、容赦なく現在進行形で水滴がヒタヒタと漏れ出ていて、とても「一晩くらい床が濡れててもどーってことない」では済まされないような状態だった。
あの時も、スタッフルームをノックしたけど応答なくて、だけども水漏れをそのまま放置することもできなくて、期待せずに携帯に電話してみたら、思いっきり機嫌の悪い声でスタッフが電話口に出たんだったけ。怖かったなぁ、水漏れよりもそっちの方が。
そして今回も、無駄だろうけど、スタッフの携帯電話に掛けてみた。
「スイッチOFFになってます」というアナウンスが虚しく響く。
こっちもOFFかい。
そうだ!!!
「宿の電話に掛ければいいんだよ。幾らなんでも起きるでしょ!!」
電話はスタッフルームを出たすぐのところに置いてある家庭用電話なので、スイッチOFF戦法は無効である。
「グッドアイディ〜ア!!」と浮かれた私だったが、「あ、私、宿の電話番号知らないんだった…」と、すぐに我に変える。
いやっ! なんかいつの間にか、宿の入口のところに看板できてたよねっ。そこに電話番号書いてあるよ。
私は一縷の望みにかけ、外へと駆け出して看板を見ながら番号をプッシュした。
●●●−●
あれ? 次の数字欠けてる。
読めないよ!!!
と思ったら、ゲッコーが数字を隠してるだけだった。
くそぉー、ゲッコーにまで行く手をジャマされるなんて、今日は一体どういう日だよっ!!
もう疲れてるんだよ。クタクタなんだよ。カンベンしてよ。
幸いなことにもうひとつ電話番号が書いてあったので、そちらに電話を掛けると、かなり大きい呼び出し音が鳴り出した。
ふふふ。
これだけ音が大きければ起きるだろう。
鳴り続ける電話から距離を置いて、私は泥棒のように暗闇に影を潜めて様子を伺った。
もうすぐ、もうすぐ出てくるぞぉ。
が、しかし。
スタッフが出てくる前に電話の根気が切れ、呼び出し音は勝手に鳴り止んでしまった。
最後の希望、呆気なく消える。
私、悲しい・・・。
しょんぼりしてるところに、バリ人の友達から携帯電話にメッセージが届いた。
『Doko?』と、唯一知っている日本語がある。
本来だったら相手にしてる時間ではないのだが、これはラストチャンスかもしれない。
私はすかさず返信をすると、すぐに「ミーティングをしてるから来い」との呼び出し。
行くともさ!!!
私はバイクで目的地へ急いだ。
そこでは、私がもっとも苦手とするシチュエーションが繰り広げられていた。
男だけの酒盛りである。
でも今日の私はひるまない。
ガンガン中心に割って入り、メッセージをよこした相手めがけて突入した。
「助けて!! 電気が、電気が・・・。点かないんだよぉ〜〜〜」
私のインドネシア語のイントネーションを聞き取れない相手は、隣にいたすでに完全に出来上がっている友達に「何言ってるかわかる?」って感じで助けを求める。
その彼すら「電気が点かないらしいよ」と私の気持ちを理解したというのに、一言すら理解できない相手に助けを求めるのもどうかと思うが仕方ない。
私は「部屋の灯りが、部屋の灯りが・・・」と続けると、酒臭い息を吐きながらも、相手はさっと立ち上がって、「よし!! 俺に任せろ!!」と言わんばかりにバイクの方へ力強く歩き出した。
どうやら一緒に部屋まで来てくれるつもりらしい。
すっごく頼もしい!!!
「バイクの鍵は?」「はい。ここにあります」「よし、それを貸せ」「お願いします」「なんだよ。ライト点くじゃん」「いや、バイクのライトじゃないんだよ」「ほら、ちゃんと見なよ。ライト点いてるよ」「だからバイクは問題ないんだって!!」「困ったやつだなぁ。がっはっはっはっ!!!」「困ったやつはおまえだよ!! なに笑ってんのよ。バイクはいいんだよ!! 部屋だよ、部屋っ!!」「え? 部屋? 部屋なの?」「そうだよぉ〜。さっきからそう言ってるじゃん」「わかった。一緒に部屋に行ってチェックすればいい?」「うん。大丈夫?」「大丈夫」「じゃ、お願いします」
ようやく意思疎通ができて友達と一緒に部屋へ戻った頃には、時刻はすでに23時近くになっていた。
眠いよぉ。
しかしそんなことは言っていられない。
わざわざ酒盛り中に抜けて来てくれた友達に悪いではないか。
友達は、すでに私がチェックしたというのに、ご丁寧にひとつひとつのスイッチを片っ端から押して「よし、ここも点かないな」と、そこから始めてしまったので「全部点かないから。私すでにチェック済みだから」という私の言葉を遮って「ちょっと、待って」「チョット、マッテ」と、日本語の上達を披露してみせた。
まぁ、気が済むようにやらせてみよう。
しかし部屋中のそれらしき場所をチェックしても原因は不明。
いよいよ外の配線チェックまで始めてしまったので、私は「もういいよ。諦めよう。私はとっくに諦めたよ」と、説得するも、「チョット、マッテ」「チョット、マッテ」しか言わない。
さっきから、チョットどころかダイブ待ってるんすけど。
そんな恩知らずな言葉を心の中で呟き、すでに宿の敷地内すべてをチェックし始めている友達の後ろを、意味もなくついて歩く。
そしてようやく言った言葉が「この部屋のブレーカーどこ?」である。
それねぇ。
私もそれ思ったんだけど、見つけられなかったのよ。
「わからない」と答えると、「ブレーカーだよ、ブレーカー」と繰り返す。
「ブレーカーの意味」がわからないんじゃなくて、そもそも「ブレーカーの場所」がわからないから、「わからない」と言ってるのに、そこすらなかなか通じないことにぐったりし始める。
彼が、私が置かれた困った状況に、親身になって対応してくれているのは嬉しい。
とてもありがたい。
しかし、もうここらで諦めてもらいたい。
時すでに深夜12時である。
奇跡的に電気が点いたとしても、本当に「結局寝るだけじゃん」って時間帯である。
なにより、該当しないブレーカーをいじって「ちょっ、ちょっと!! 違うところの電気消えちゃってるよっ!!」と、チカチカチカチカと忙しなく、敷地内の電気を点けたり消したりし始めてしまったので、「頼むっ!! まだ起きてる他のゲストを驚かすようなことだけはしないでっ」と、さらに切羽詰った状況に置かれることになり、私は友達から懐中電灯を奪い取って「ありがとう。もう十分だよ。明日の朝、ここのスタッフにチェックしてもらうから大丈夫。みんなのところ(酔っ払いたちのいるところ)に戻ろう」と、友達を促した。
翌朝、宿のスタッフに事情を話し部屋をチェックしてもらうと、スタッフルームの近くに設置してあるブレーカーがひとつ、下に下がっていたという。
それが私の部屋のブレーカーだった。
原因は単純なことだったが、なぜ私の部屋のものだけ落ちていたのか?
おかしいではないか? 納得できないではないか?
しかしすでに過去のことである。終わったことである。
今さらあーだこーだと言ったところで意味はない。
特にここバリ島では−−−。
ちなみにスタッフは、昨晩は不在で今朝方帰宅したそうだ。
セレモニーでブサキ(寺)に行っていたらしい。
それじゃ、誰も出ないわけだよね。
ボスも不在、スタッフも不在じゃ、万が一、宿泊客に問題が起こったときのこと、どう考えているんだろうと思って、「じゃ、ここの宿、現地の人誰もいなかったの?」と聞くと、「いたよ。おじいちゃんが(ボスのお父さん)」とのことだった。
おじいちゃん、以前に宿泊客から宿泊代を支払われずトンズラされた悲しい過去をもつ。
宿のこと、なんにも把握してなかったらしい。それは現在にも至るわけだが・・・。
しかもおじいちゃん、現在「お客さま用」の部屋で生活してらっしゃる。
もう完全に「取り仕切る側」ではなく「取り仕切られる側」である。
この宿、あらゆる点で、もう少し緊張感をもって経営してもらいたいものである。