お犬さま、おなぁ〜りぃ〜

どこかで見たことある光景だと思ってたらアレだ。
ちょうど一年くらい前に行方不明になってしまった、行きつけのワルンで飼われていた犬。
あの犬とこの犬の「外国人だけに対する愛想の良さ」というのがまるで一緒なのである。

この犬というのは、お店の界隈で野良犬をしている小型犬のことである。
ある店のスタッフがエサをあげはじめたところ、すっかり居座ってしまった。
この辺に居座るだけなら私もまったく気にはならない。

たまに通りすがりの外国人に頭をなでられ、気持ち良さそうに目を細めて尻尾を振っている姿を見て「ずいぶん愛想いいじゃん。でも私は昔、あんたによく吠えられまくったことを忘れはしない」(軽く追い掛け回されもした)と、そう思うくらいである。

ところが、である。

あるとき私は目撃してしまった。
その犬が、うちの店の入口に、ででぇ〜んと横たわっている姿を・・・・・・。
しかも、すでにそのエリアは店内である。
店内の入口の、もっともジャマなところに寝そべっているのである。

「ここはお前の家かなんかか?」

腹が立った私は「シッ、シッ!!!」と、口先で威嚇しながら大きく手を振って見せた。
すると生意気なことにその犬、「ぐぅぅぅぅぅぅ〜〜〜!!!」と、牙を向いてくるではないか。

やる気かっ!!!!!!!!!

お犬さま、ちょうど玄関マットの上でリラックスされていたので、それを思いっきり引いてやると、ずるっと軽くすべって、そのまま外へ放り出された。

ざまぁーみろ。

私は再びお店のバックヤードに戻り、汗を流しながら地味な仕事を再開したのだが、スタッフに指示だしする用件がありお店に顔を出すと、またもやあの犬が同じ位置に座り込んでいる。
どうやらあそこ、お犬さまの定位置らしい。

そうか。
一度じゃ学習できないのか。
だったら何度でも、体に染みつくまで叩き込ませてあげましょう。

私はホウキを手に取って、その犬を外へ掃きだした。
私と目を合わせたお犬さま、心なしか殺意を感じるが、たぶん気のせいであろう。
もうわかってくれたよね?
決してここが、犬にとってのリラックススペースなんかじゃないことを。

私は持ち出したホウキを手にバッグヤードへと去った。
そして再び作業を開始すると、ものの5分も経たないうちに、店内から「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」という唸り声がする。

ま・さ・か。

店内に飛び出してみると、スタッフがさきほどの犬を追いやっているところであった。
犬、歯茎むき出しで怒っている。

スタッフは嫁入り前の女性なので(自分も嫁入り前だが)「無茶はしちゃダメ。危ないから(相手は小型犬ですけど)」と、途中加勢をして、ずうずうしい犬を完全に外まで追いやった。

それにしても、この30分ほどの間でなんと三回。
三度も追い出されたのだから、さすがに次はないだろう。
そう思い込んで私は外出したのだが、お店に戻ってみてビックリ。
お犬さま、またもや同じ場所に座ってらっしゃる。

いい根性しとんのぉ。

蒸し暑さのせいもあり、私の頭は完全にのぼせ上がっていた。
そして考えるより先に、思わず手が出ていた。
たった今持ち帰った、ビニール袋に入った生地素材で、ボカンと一発、お犬さまのボディーに入れてやったのだった。
当然ながら、そんなに重くはないよ。
外に押し出せれば十分なわけだし、私だって憎くてやってるわけじゃないからね。

気が付くと、店内のデスクで一部始終を見ていたスタッフが爆笑していたが、お犬さまはポカンとした表情で外に突っ立ち、お店の外でたむろしてた現地の男共は呆気にとられてその様子を眺めていた。

その後も、お犬さまは懲りずによく来店され、その都度私はホウキを持ち出している。
それを見てる現地のヒマな男が「ここのボスはよっぽど犬が嫌いみたいだねぇ」みたいな嫌味を言うが、そんなことは気にしない。

そういうあんただって、場所代なんて払う必要なく道端に立ちんぼしてるトランスポットだけど、トランスポット同士、暗黙の了解でエリア決めがされているではないか。
商売上、そういう一線が必要なのは自分だって同じでしょ?
うちの店のビジネスエリアにだって、越えて欲しくない一線がある。
犬がどうこういう話ではなく、ただそれだけの話なのである。