ひとりバブリー

バリニーズの中でもひときわ肌の色は浅黒く、明らかに不自然な人工色の金髪に、黒く大きなサングラス。
乗り回しているバイクには、決して「センスが良い」とは言い難い、男女のカップルの肖像画を派手なペインティングで施してある。

このようなファンキーな出で立ちの知人、友人は、残念ながら私の周囲で思い当たる人間がいないので、一時停止した私のバイクの目の前に、立ちはだかるようにしてバイクを停車させたその男を、私は見て見ぬふりをして急発進で巻こうと考えていた。

すると「●●ちゃん、元気?」と、私の名を呼び、親しげに話し掛けてくるではないか。
こちらが知らなくても、なぜだか「あちら側」の人間がご存知で、さも友達のごとく話し掛けてくるということは、ここバリ島ではよくあることなので、私はすぐに警戒心を解くことはなかった。

すると相手は、自分の正体を明かすようにサングラスを外し、「ワタシ、ワヤン。ヒサシブリ」と、再度挨拶をした。

うわぁ。
あのワヤン?
本当に?

「どうしちゃったの?」半年振りの挨拶に、それはないでしょって言葉を私は口にしていた。

だってもう、全体的に、それはまるで、なにはともあれ「どうしちゃったの?」なのだ。

人通りがあまり多いとはいえない通りにある地味なハンモックのお店で、「飲食店とネット屋以外は夕方6時頃にほとんどのお店が閉店のウブドエリア」で、意味もなく、夜の10時や11時まで店を開け、一人ひっそりと店の前に寂しそうに佇んでいた黒髪のワヤン。

そんな彼の姿を見て、「光熱費がもったいないから早く店閉めちゃいなよ」などと、余計なお世話なことをよく言ったっけ。

「携帯電話なんて必要ない」なんて言ってたのに、今じゃ「フランス人の彼女がくれた」という携帯を所持。
べスパにトラック野郎のようなペインティングをあしらってしまったナンセンスなこのバイクも「彼女がワヤンにプレゼントしてくれた」のだという。

チッ。
ナンデモカンデモ買い与えやがって。

ちなみに、バイクに描かれたこの男女。
ワヤンとフランス人の彼女の似顔絵だというのだが、唯一の類似点は「黒いサングラス」という点しか見つからない。そのサングラスだって常にかけているわけではないんだけど。

からしてみたら、大判振る舞いの彼女が出来てウハウハの絶頂期であり、実際「今は仕事も辞めてしまって一日中家にいるか、バイクで散歩している」というのだからオメデタイ。

調子に乗って、頼んでもいないし望んでもいない「彼女からのLOVEメール」を読ませてくれるという。

のぼせあがった頭を、少しばかりでいいので冷却して欲しい。

人の恋愛スタイルをとやかく言うつもりはないし、何かをプレゼントするというのは愛情表現のひとつに過ぎない。それを否定するつもりはまったくない。

しかし、それが行き過ぎて、その規模が今までの生活基準から遠くかけ離れたものになってしまったり、さらにはその対象が、そのような急激な変化に冷静に対応、状況判断することが出来ない性質の人間であった場合、果たしてそれは必ずしも人生の上で「有効的なプレゼント」として機能するものだろうか?

だって彼は、30歳目前の、社会的に見ていわゆる「いい年齢の大人」なのである。

高価なプレゼントを手にした結果、職を手放し、日がな一日プラプラ過す日々を選択したワヤン―――。

私は似たような境遇にある友達を他にも知っているが、大金や高額なプレゼントをたやすく手に入れることが出来ることに多少の優越感を持ちながらも、漠然とした不安や戸惑いも持ち合わせているように感じ、それはそれでなんだか不憫に思えた。

「バイクも携帯もプレゼント」と、無邪気にはしゃぐ彼の姿を見て、「まぁ、それでワヤンがハッピーなら別に構わないんだけど」と思いつつも、「でも、このままいってしまうってのもどうなんだろうか?」と、自分のことでもないのに自問自答してしまい、なんだか複雑な心境になってしまう、どこまでも余計なお世話な私なのであった。