オレンジの月

「昨日はなかなか寝付けなかった」という妹からの珍しい内容のメールに「何かあったの?」と返信したところ、最近特にイラつきやすくなっている私が『どうしたらすぐにイライラしないようになるか考えていました』とのこと。

これを読んだ私は「自分のイライラが人の睡眠を妨げている」と反省し、もっと大らかな人間になろうと、チョットだけ心に誓ったのは数週間前の話である。

しかしこの日、自分でも呆れるほどイライラいらいら苛々してしまい、そんな風に「陰」の空気をまとった人間には物事の空気というものも決して「陽」には流れないように出来ているらしく、私の「今日の出来事」はまさに最悪のオンパレードであった。
その引き金は、人様の恐ろしくプライベートな衝突での影響であったり、他人からの無神経で卑猥な言葉であったり、MP3のイヤホンがとうとう両方イカレテしまうという悲劇だったり、修理したはずのバイクがエンジンもかからない状態になってしまい足止めを余儀なくされたストレスであったり、その後も偶然に重なった「ちっぽけなツイテナイこと」であった。

「嫌な一日だなぁ」というより、「傲慢で怒りっぽくて嫌な自分だなぁ」このまま眠りに就きたくないなぁって思ったとき、「そういえば今日。誕生日だって言ってたな」と、「今度のバースデーには月へ行く」なんて愛らしいことを言っていた友達の顔が思い浮かんだ。

「おめでとう」
今日という日を優しい言葉でシメククロウ。

電話を掛けるとその彼は、大抵のバリニーズが「自分の誕生日には周囲の友達に酒の一杯もご馳走して盛り上がる」というのに、「ありがとう。でもパーティーも何もありません」と、寂しいことを言う。

だから私は、ビールを数本と酒のつまみを買い込んで、今日は夜勤だという勤務先のホテルに向かった。

ロビーはひっそりと静まり返っていて、ひとつ年を重ねた友達と、私がホテルに顔を出すと決まってお茶をいれてくれるもう一人の友達がテレビを見て寛いでいた。

私の顔を見るなり、二人は「どうぞ座って」とソファーの席を譲り、リモコンを手渡してくれる。遠慮なくドカンとそこに腰掛け、チャンネルを回した先には大好きな映画「チャーリーズエンジェル」を映し出す。

「この映画知ってる?」「知ってるよ。大好きな映画なんだ。キャメロン・ディアスって、とってもキュートだよね」「ビールがダメならお茶飲む?」「うん」「いつも砂糖をいっぱい入れるよね?」「そうそう」「甘い食べ物が好き?」「すきすき」「じゃぁ、インドネシアのスイーツ食べる?」「どんなの? あ、タピオカが入ってるね、コレ」「はい。ビーンズもいっぱい入っていて、とっても美味しい」「思ったより甘くないんだ。少しおしること味が似てる」

緩やかな会話は穏やかな時間と共にまったりと流れて、自分の中に何か必要なものが補給されたような気がして、そしてそのうち、規則的な寝息を立てて安眠してしまった友達の寝顔を見て、今日は散々な自分だったけれど、友達はやはり、月面ではなく地上で誕生日を迎えることになったけれど、それでもこうして必ず、眠りに沈む夜はやって来て、何かを諦めたような、失ったような、ささやかな希望を見出したような、新たな気持ちが目覚める朝がやって来る。

自分の感情に振り回されて生きてしまう私にも、あなたにも。