いろんな想いの「ありがとう」

赤い座布団の上にちょこんと座ったにこやかな招き猫。
お店がほんの少しでも繁盛しますようにと、一年程前に両親が手渡してくれたものだ。
開店祝いにと、友人たちがプレゼントしてくれたカエルの置物は、今やお店の「看板」という大事な役割を担っている。

皆が皆そういった行為をしているのかは定かではないが、何か物が売れてお金が舞い込んでくると、現地の人はこれらの動物や人などを象った置物に、お金をポンポンと軽く叩いて「ありがとう」と感謝する。

なんだかそんな姿が可愛らしくて、私もいつしかこの「ポンポン」を必ず行うようになっていた。
私の場合それだけではなく、「売上が上がりますように」と頭を撫でて、お願いなんかもしているわけだが。
この日の夕方もそうだった。
「明日はもうちょっと売上が良くなりますように」そう心の中で祈りながら、招き猫の頭を撫でた。閉店直前のことだ。

その直後。
フランスからやって来た二人組みの女性が来店した。
しばらく店内を見て回り、実にあっさりとMotiオリジナルバッグを購入していったのだ。

ばんざーい! ばんざーい!!

スタッフのワヤンは早速お札を「ポンポン」と、店中にある置物にして回った。
そしてとても嬉しそうな表情で「どうぞ」とお金を差し出し、そして私も「ありがとう、ワヤン」とにっこり微笑んだりなんかして、そんな風に二人でウフフとかアハハとかやってると、普段は野郎共にもまれて悔しい思いをしている自分からすると「あー、なんて穏やかなひと時なんだろう」なんて和んでみたりして、頭の中はすでに売上金どころじゃなかったりする。

そんな「一時の女の子気分」を満喫させてくれたワヤンを見送って、自分はもう少し店内の整理でもしとくかと作業を始めてしばらくすると、ウインドウ越しにお店の中を眺めているお客さんを発見。鍵を開けて招き入れる。

「ハロー」と挨拶を交わし、女性はネパールで買い付けた巻きスカートを選び取り「試着してもいい?」と聞くので「もちろん! どうぞごゆっくり」と小さなバックヤードへと案内した。

しばらくしてカーテンの向こうから出てきた女性は「このスカートはどうやって穿けばいいの?」と訊ねるので、鏡越しにチェックしながら「こんなんでいーんじゃないかなぁ」なんて鼻歌交じりでフィッティングしそうな自分にハッとした。

「ひょっとして、私の着付け技術に売上げがかかってる?!」

今更ながらにそんなことに気付いてしまうと、指が震えるまでとはいかなくとも、嫌な脂汗のようなものがジトリと額から吹き出すような緊張感に見舞われた。

そして、完璧とまではいかずとも「(なかなか)ジャストフィット!(だと思う)」と認定できる着付けをすることができ、その姿を鏡で眺める女性も満足そうで、私はすでに安堵感から「一仕事終了モード」に突入していた。

無理強いはしない。
自身が心から気に入ってくれたなら購入してもらえればいいし(もちろん価格と懐具合の折り合いあってのこと)、ちょっとでも「だけどなぁ」という点が残ってしまうのであれば、購入することなくお店を後にしてもらって構わない。
店内に足を踏み入れてくれるだけでも有り難いし、そこでちょっとした会話なんかが交わされたりしたらとてもハッピーなのである。

それは確かにいろいろと金銭的なものが発生しての「商売」なので、もちろん売上という点は意識しなければいけないところだが、やり取りするのはお金や物ではあるけれど、そこに一番にあるのは「人」であると、常々そう思っている。

「お金に振り回されて肝心なことが見えなくなったらこのお店も終わりだね」

私と妹との口癖であり、自分に対する戒めでもある。

「とっても似合ってますよ」と声を掛けながら、自分はそそくさと帰り支度を始め、頭の中はすでに「今晩はどこで何を食べようかなぁ」と考えていた。

すると女性は「これ買います」とお金を差し出した。
私は彼女が気に入ったスカートを丁寧にたたんで袋に入れた。
売上に繋がった事も嬉しいが、何より先に浮かぶのは、仕入先のお店の人たちの顔である。

どんなに商品数が増え、取引先が多くなろうと、どの商品をどこで買い付け、オーダーしたか、すべて記憶の中に刻まれている。

そして「いってらっしゃい」と送り出すことになったそれらの品々を手に取ると、仕入先の人たちとの会話や時間、笑顔などが鮮明に思い返されるのである。

袋を提げた女性の後姿を見送って、「良かったね、嬉しいね」と、招き猫にポンポンする。
でも実は、こんなとき一番したいのは、購入してくれたお客さんと、それを作り出してくれた人たちへの「ありがとう」の感謝の言葉と、握手だったりする。