なにより、洗濯日和

繰り返しの記述となるが、昨日はバリ島全土をあげての「外出禁止令」が発令されていたため、この日ばかりは誰もが家の中でひっそりと時を過ごすことになった。別にひっそりでなくても構わないんだけど。余談だが、バリ島の文化やニュピのことを描いた「悪霊」(中川 紀 著)という作品は、バリ島の雰囲気をとてもよく捉えているので興味のある人にはオススメである。

私はこの特別な日に「ぜひとも実行しておきたいこと」という事があった。バリ島に到着してから思い立ったことなので、この日を3日間も待ち続けていたといってもいい。その「いよいよ」がようやく来たのである。あーあ、こんな日来なきゃ良かったのに。
私が「やろう」と心に決めていたこと。それは「お洗濯」である。

無論、私のスペシャルプライスなお部屋には洗濯機などといった贅沢品は備わっていない。せめて飲み物くらいキープ出来そうな冷蔵庫も、この宿でここ最近買い揃えられているテレビも、私には無用な産物と見なされている。いや、むしろ私には必須の必需品アイテムなのだが、私のバリ島での財政状況がそれらを 活用することをカンタンには許さないのだ。

私の生活レベルの話は置いておく。戻って洗濯機。
以前に別ブログでも触れたが、まだまだバリ島の一般家庭でも「贅沢品」の部類に入る洗濯機が、滞在先の宿に置いてある。場所は常駐するスタッフの部屋付近。
宿泊しているゲストに貸しているバスタオルやシーツなどを洗うのに活用されている。もちろん、スタッフ特典として「気の向いたときに個人的な汚れ物も洗ってよし」とされている。

残念ながら私はここのスタッフではないのだが、観光客にスタッフと勘違いされた時に思いっきりつたない英語で対応したり、切らしたトイレットペーパーをゲスト自ら補充したりなど、日頃から何かとスタッフの仕事の代行をしてあげているので、私もこのスタッフ特典利用者として該当するものだと勝手に思い込 んでいる。

思い込んだ末、実際に実行に移すわけだが、たまにタイミングが悪いとスタッフの汚れ物まで洗うはめになる。洗濯物を浴槽に放り込んだまま放置してあるのだ。中途半端に洗濯機をかけているので、人の良い私は、水と洗剤にまみれたそれらの洗濯物を強引に引きずり出してまで自己優先を押し通せず、また、いつ 終わるともわからない洗濯を待つほど気が長くもない。結果、他人のものまで汗を流して洗うことになる。

いくら贅沢品といえど、この国のメジャーな洗濯機は二層である。予想に反さずここの洗濯機も手間のかかる二層式。しかも洗濯に使用する水は浴室からバケツで運んで来なければいけない。非力な私は一度の洗濯に10杯以上のバケツを運ぶことになる。洗濯どころか洗車が出来る量かもしれない。

ニュピのこの日も残念なことに、洗濯機の中にはすでにスタッフの洗濯物が押し込まれていた。押し込まれているだけならば、引きずり出して知らん顔をするのだが、まるで何かの策略かのように水と洗剤に浸かった状態である。そして肝心の主は部屋で寝入っていた。

これにもウンザリだが、実はなにより、肝心な洗濯機そのものにウンザリしてしまった。中も外も「水垢まみれ」なのだ。一言で表現すると「汚い」。あまりにも汚すぎて、とてもこれが「汚れたものをクリーンな状態にする」働きのあるものだとは思えない。洗濯機を回すことによって、逆に新たな細菌や汚れを染 み付かせてしまう恐れすらある。斬新すぎて私には使いこなせそうにない。

半年前はまだそれほど不衛生な感じではなかったのに、一体なにがあったというのか?
何もなかったんだな。なーんにもしないからこんな悲惨な状態なんだな。嫌だな、ガサツ過ぎる男所帯って。

しばし洗濯機の前で考え込む。私がもし日本での衛生感覚だけしか持ち合わせていなければ、考える時間など必要なく即決で「ランドリーへ直行」だったであろう。しかし私はこれ以上の悲惨な状況をわずかでも拝見済みな人間である。なにより今日はニュピのためにどの店も閉まっている。

洗濯物など明日に回してもいいのだが、パジャマ用にしている薄手のワンピースが一着しかないのが決めてとなった。蒸し暑い夜にTシャツなど着ていられない。「洗濯」決行である。

まずは仕方なくスタッフの洗濯物を洗う。横着にもほどがあるくらい洗濯物を詰め込んでいるので「洗濯機回れど肝心な洗濯物回らず」である。数えてみたらジーンズ7着(短パン合わせて)、Tシャツ5着、ランニングシャツ3着、パンツ一枚といった内訳であった。失礼だが、とてもアタマの良い人間がすることとは思えない。ストレートに書くと「アタマ悪いな」の一言に尽きる。

この日ばかりは「郷に入れば郷に従う」スタイルで、このまま強引にこの状態で洗濯機を回そうかと思った。どうせこれらは私の洗濯物ではないのだし、奴らは「如何にキレイにするか」ということではなく「(汚れが落ちずとも)洗濯機を回した」という行為で満足しているはずである。でなければこんなムチャク チャな洗濯などするものか。

第一なんで私が好きでもない男の汚れ物を洗濯してやらなければいけないのだ。
とかブツブツ言いながら、パンツだけは特に慎重に、人差し指と親指の出来るだけ肌に触れる部分を少なく済むようつまんだりしながら、結局最後まで洗濯をしてしまった。しっかり二回分に分けて。

余計な洗濯までしてしまったので、自分の分が終わる頃にはクタクタである。私の体力を余分に消費させる根源を作った男は、眠りから覚め、呑気にテレビを見て笑っている。何も言うつもりはない。ただ横になりたい。何も考えず、一人静かに。

なんて思ってたら、それから四時間ダラダラしてしまって、意識がはっきりする頃にはすっかり日が暮れていた。
もうなんだか、なんとも言えず虚しく、物悲しい気分になってしまって、涙がキラリである。いや、洗濯がうんぬんってだけじゃなくてね。ほんと。