マンディとお香と

マンディとは、いわゆる「おプロ」というやつである。
いやね、宿のオーナーが「おふろ」とうまく発音できずに、いっつも「おプロまだ?」と聞くものだから、ついつい私まで「おプロ」なんて表記してしまいましたが、こちらでいうところの「水浴び」です。
日中ならまだしも(雨、曇り除く)、朝晩の冷え込みといったら厚手の上着を羽織らないと対処できないくらいなので、根性なしの私はもちろん「アッツ熱」のお湯につかっているわけなんだけど。
バリ島に来てからというもの「汗を流す」などという表現とは程遠い天候で、一日に何度も頻繁にシャワーを浴びる必要などなく、日本の生活と同じように「一日の疲れと汚れを一気にまとめて洗い流しましょう」というスタイルできていた。
しかし。
ここ一ヶ月、私はバリニーズと張り合うようにして、よっぽど忙しくて宿に戻れないという限り、一日三度しっかりと、ご飯を食べるようにお風呂に入っている。
正直、朝と夜のバスタイムは義務のような感覚である。
だが、ランチを終えた後の昼風呂は、明らかにそれらとは一線を画した時間となっている。
私がこの宿の常連となるキッカケのひとつとなった重要なポイントなのだが、この宿のバスタブとトイレは半野外になっている。
バスルームを囲む、自分の背丈とさほど変わらない壁の高さを目で追えば、そこには南国らしい椰子の木と生い茂る豊な緑、まばゆい光と心地良い風までも肌で感じることが出来る。
明るい日差しを受けながらのバスタイムは格別である。
これ以上リラックスできる贅沢な時間は、海辺でゆるやかな生演奏を聞きながらついつい居眠りをしてしまった、つい先日のあの夜以外、私は思い当たらない。
少し熱めの湯を張らせたバスタブに身を沈めた瞬間だけは、すべてを忘れて「無」になることができる絶対的な時間である。
しかし、哀しいかな。
一息つくと、迫り来る支払いのことや、まだまだ満足ではない買付素材のこと、オーダーに追いつかない縫製、商品展開をどうするかなど、あれやこれやと野暮なことを考えてしまう。
そんな邪念に襲われたときは、バスタブのすぐ脇でたいているお香の香りに集中する。
ふー。
あぁ、きもちいいなぁ。
いまはそれだけでじゅうぶん。
すべてをここでながしたら、それからまた、あたらしいものを、ひきずっているものをまた、身にまとえばいい。
そんな気持ちになる、最近のマンディタイムである。

↑愛用の花型のお香立て(手前)。
奥のトンボとゲッコーをかたどったお香立ては、当店で取扱中の商品です。