またもや検問に引っ掛かる

ここ一週間、がっくりと肩を落とすような衝撃的事実が立て続けに発覚し、少しばかり精神のバランスを崩していたタイミングで「泣きっ面に蜂」とはまさにこのことであるという、ちょっとした出来事が起こった。
ここバリ島で二度目のポリスキャッチである。
私が助けを求めて警察に駆け込んだというのではなく、向こうから手招きをされた為、望んではいなかったのだが関わらざるを得なかったという方のパターンである。
この日、私とスタッフ君は、朝一でデンパサールの布屋街へ買い付けに向かっていた。
普段はヘルメットをかぶらずにご出勤の私とスタッフ君だが、デンパサールにノーヘルで遠出するという行為は(そうでなくてもヘルメット着用は義務付けられているのだが)、「私を捕まえて罰金というワイロをせしめてください」と言っているものである。
前日、私は「明日はデンパサールへ行くからちゃんとヘルメットをかぶってきてね」と、スタッフ君に念押しをして店を後にした。
スタッフ君は「遅刻は絶対にダメ!」という私の言葉をきちんと受け、定刻通り、しかも「遅刻厳禁」と言った本人が指定場所にいなかった為、わざわざ部屋まで迎えに来てくれるというデキっぷりを披露して、私を感心させた。
「これは何事もなくスムーズに事が運ぶだろう」そう油断をしてしまうほど、順調なすべりだしであった。
危なげない、安定感のあるスタッフ君の運転に、ときおり襲ってくる睡魔と格闘しながら、そうしてこの時期、「凧揚げのシーズン」と言われる絶好の風が吹くバリ島の空に彩られる凧を眺めながら、ちょっとしたドライブ気分を味わっていた。
そんな時である。それは突然、私の視界に大きな脅威として飛び込んできた。
その光景は、残念ながら以前も見たことのあるものであった。
それを発見できたのが、たとえばそれほど不自然でもない、100メートルほど手前の距離であったなら、ユータンすることも可能であっただろう。
しかし不幸なことに、私たちと「彼ら」の間にはすでに20メートルの間隔もなかった。今、来た道を引き返してしまっては、周囲でスタンバっている彼らのうちの数人に捕まることは確実であった。
「あぁ、昨日は一睡も出来なかった精神状態の中でわずかながらの気力を振り絞っているというのに、ポリスの検問に引っ掛かってしまうとはなんて不幸」
しかし問題はないはずである。
ヘルメットも着用しているし、バイクの書類も揃っている。もちろん最もベーシックである「運転免許証あるよね?」の問い掛けにだって「当然です」という答えが返ってくるはずである。
「持ってない」
ドライバーであるスタッフの「ありえない」一言に、「はっ?! 今なんて言ったの? 持ってるよね? フツー携帯してるよね? ライセンスだよ? 持ってるんでしょっ?!」と、背後で喚きたてる私に対してちょっと困ったような微笑を残し、バイクを降りたスタッフ君はポリスに連行されたのであった。
いやぁ〜、やっちゃったなぁ。一番最初に捕まったときも、普段かぶってないメットは着用してたのに、運転してた友達が免許持ってなかったんだよねぇ。参った、参った。
とほほ。
常に「微笑み」は絶やさないスタッフ君であるが、その「笑み」が、数人の警官に取り囲まれてのやり取りに「困り果てての戸惑い笑い」へ変貌したところで、私は携帯電話の番号をプッシュした。
呼び出された友人は30分で現場に到着したものの、その間私は「検問に引っ掛かった物珍しい外国人」にちょっかいを出してくる警官に対して「罰金をディスカウントしてください」などと、不謹慎とも捉えられかねない冗談を(私は本気だったが)インドネシア語で言ってみたりなどしてその場の雰囲気を和ませ、「なんとか見逃してもらえないものか?」という涙ぐましくも無駄な行為に徹することとなった。
やって来た友人と、共に駆けつけたスタッフのお父さん、そして無免許でドライブに挑んだチャレンジャーの三人は、体力的にも精神的にも疲労困憊の中で「一体わたしは何をしているのだろうか?」とかなしい感情に襲われ始めた私のことなどほったらかしで、一切の状況説明もないまま、警官との交渉を始めた。
インドネシア語を理解出来ない私は、そんな彼らを黙って見守ることしか出来ず、なぜだか警官と手を繋ぎ始めたお父さんにクビを傾げたり、「だはははは」と豪快に談笑する姿に「笑ってる場合なのかよ」と毒づいてみたり、やがてやってくるであろう自分の出番が来るのをひたすら待った。
そうして彼らの不可解な笑いの輪の中から、ようやく抜け出してきた友人が私に放った一言が、
「20000ルピア」
で、ある。
請求金額の意味は説明がなくとも理解は出来るが、わけのわからない心細い状況の中、散々その場に放置された私にとって、友人のそれは、あまりにも唐突で不仕付けな行為に思われた。
思われたが、この国のやり方を「ある程度」学んでいた私は、力なく苦笑いするしかなかった。
スタッフの不祥事はボスの責任である。
最終的に、私はその額の倍である罰金(正規は59000ルピアだが55000にまけてもらったらしい)を支払うことになるのだが、ひたすら「ごめんなさい」と謝るスタッフを前に「気にしない、気にしない」と言う気持ちと、「免許の携帯まで確認しなきゃならないのか…」というウンザリ的な感情が、しばらく私の中でさざ波のようにいったりきたりと揺らいでいた。