見知らぬご婦人に懺悔

私のことをよく知る友人は、人のことを「とっつきづらそうに見える」だとか「人を寄せ付けないオーラーを出している」だとか、100パーセント「マイナス」としか受け取れない発言を平気でしてくれるのでありがたい。それ聞いて改善しようなんて気、まったくないけどね。

ところが、ひとたび見知らぬ人ばかりの街中に出ると、自分でも意外に思うのだが、よく声を掛けられる。実は一般的には「声を掛けやすい感じの良いタイプ」なのかもしれない。危うく騙されるところだった。

今日は買い物をしている最中に「あのぉ、すいません」というお声が掛かった。

私は、自分はどっちかっていうと「人をなかなか寄せ付けない感じの悪いタイプ」という洗脳が解かれきれていなかったため、目の前に突然現れた見知らぬご婦人に対し、店員と間違えて声を掛けたんだなと思い込んでいたのだが、そうではなかった。

なんとそのご婦人、「あの、もし良かったらこの抽選券、使ってください」と言って、二枚の抽選券を差し出したのだ。

正確に書くとそれは、そのショッピングセンター内にある各店舗で「●●円ごとのお買い物につき一枚差し上げます」という「抽選会の補助券」だった。

咄嗟に「いえ、私も一枚しか持っていないですし、頂いても無駄になってしまうので結構です」とお断りしようと思ったのだが、先ほどまで、婦人の影に隠れて視界に入らなかった娘さんが、「どうぞ、どうぞ。もらってください」という顔をしてニコニコ微笑んでいるのに気がつき、私は不覚にもその正当なお断りを言葉にすることが出来なかった。

彼らの期待に応えなくては!!!

愚かな私は「ありがとうございます」と礼を述べ、満足そうに立ち去る二人の親子の後姿を見送った。

私はなんてことをしてしまったのだ。

二人はこんなことを望んでいたわけじゃないはずだ。彼らが望んでいたのはこの補助券の「有効活用」のはず。そうそして、この補助券を有効活用するためには、あと数枚、同じ補助券を手に入れなくてはいけない。その手段は、1.偶然落ちていた補助券を拾う、2.補助券を持っている人から強奪する、3.仕方なく欲しくもない物を購入する、のいずれかでなければいけない。

まず1であるが、驚かないで欲しい。誰かが仕組んだ罠としか思えないほど偶然に、婦人と別れたほんの数分後に、私は一枚の補助券を手に入れた。拾ったのだ。

なんだか恐ろしい展開になってきた。

あとに残された道は「強奪」もしくは「買物」である。

するとなんたる運命のイタズラ。

目の前を5歳くらいの男の子が、右手に何枚かの補助券を握り締めて走ってくるではないか。恐らくこれから抽選会場に直行し、ひとやま当てるつもりであろう。

今だっ!! 足をかけてしまえっ!!!

違う!! そうじゃないだろ!!!

「ボク、この補助券も使ってくれる?」そう言って、親切なご婦人の意志を継がなければいけない。

躊躇してる場合じゃない!!! さぁ、声を掛けるんだ!!!!

「ボ・・・」「●●ちゃん!! 走っちゃ危ないでしょっ!!」

母の愛ある言葉に、完全にかぶっちゃったよね、私の声……。

私は通り過ぎる親子連れを前に結局なにもできなかった。

残るは「買物」か・・・。

でも、私は追加の買物などしなかった。私に希望を託したご婦人には大変申し訳ないことをしたが、私がなにより嫌なのは、「ひょっとしたら豪華商品が当たるかも」という非常に確率の低い淡い期待を抱かせて、「本当は必要のないものまで買い物をさせてお金を消費させる」というやり方に「のっかちゃって結局ショボン」ってパターンなのである。

私ははっきり言って、こういうことに乗っかりやすい。そして「余計なものを買わなきゃよかった」と後悔し、やがてまた、同じことを繰り返す愚か者である。そして今の私は過去の過ちを繰り返しはしない。なぜなら財布にはあと数百円しかないから。

人の善意のために奉仕できる金銭を持たない私は、黙ってこの場を立ち去るしかないのだった。補助券くれた方、使うことができなくてごめんなさい。結局ムダにしちゃいました。

そんなゴールデンウィークも、残すところあと一日・・・。