思い人からの電話

私は携帯電話を持つに値しないほどの「小心者」なので、非通知はもちろん、たとえ着信番号の通知があったとしても、それが登録されていない新規のものであった場合、当然のごとく「完全無視」を貫き通す。

なので「番号を教えても大丈夫」と判断した相手に「電話するから」と言われると、大抵の場合、その場で相手の番号も聞き出すか、携帯に着信番号を残してもらうことにしている。

まだまだ一般家庭の電話普及率が低いバリ島やネパールでは、ひょっとしたら日本以上に「個人の携帯電話普及率」というものが高いかもしれない。

家庭に電話もなく、さらには携帯電話を所有していないとなると、ここバリ島では「ワルテル」と呼ばれる電話ボックスのような場所へ出向いて通話をしないといけない。
それらの電話は、小銭やカードなどを投入することによって自動に作動する日本の電話ボックスのようなお手軽なものではなく、常にそこには人が常駐しており、通話料金を換算する機械を作動してもらう必要がある面倒なものである。

そのため、その「ワルテル」が使用できる時間帯というのは、その辺のお店と同じような営業時間帯内に限られてしまうといった「非常性」に欠けたものとなり、大変不便である。

私も最初こそ「ワルテル」を使っていたが、長く滞在する必然性に伴い、現地での携帯電話購入を決断した。

私は、給与が日本円で5000円にも満たない友達や知人がお気軽に携帯を購入しているのを見て、失礼な話「ここなら携帯電話も格安で買うことができるだろう」と甘い幻想を抱いていたのだが、やがてそれは大いなる勘違いということが悲しくも判明する。

中古のどんなに安い最低ランクの携帯電話でも3000円はするのである。
もちろんカメラ機能など付いていないし、モノクロ画面である。
すでに他の人の手によって使い古されたものなので、文字盤の文字が消えかけてる部分もあったりする。それでもこの価格。

同じ機能でもまだ「使い古され年度数」が低いと中古でも5000円はくだらない生意気さ。
新品の携帯電話が「タダ」で手に入れられる日本の携帯電話事情を知れば、バリニーズは狂喜乱舞するに違いない。とはいっても、各国の通信システム事情などが異なる上での利点の一部にしか過ぎないわけだけど。

それでも不思議なことに、彼らは給与の倍にあたる10000円前後の電話を「全然高くない」と言ってのけ、事実、購入してしまうのだ。

「給与が安くて生活が出来ない」と嘆く彼らであるが、新品の携帯電話で彼女とツーショットを撮ってはしゃぐ余裕はあるようで、まだまだ自分は彼らの生態を理解できていないのだと、痛感したりしている。

話は長くなったが、日本で使用している携帯電話を持ち込んで通話などした日には、その通話料だけで破産することまちがいなしなので、私は予算との兼ね合い上、当然のごとく現地で中古の携帯電話を購入した。

これで時間や場所を問わずに、自分の都合のいい時に電話を掛けることが出来るし、受けることが出来る。今までごく当然に感じていた利便性が、実は当たり前のことではなく、有り難いことなのだと実感した。

しかし私の場合は、携帯電話ショップなどで自分の希望する通話料金分を購入して加算してもらうというシステムを利用しているため、自分があとどれくらい通話やショートメール通信が可能なのか常に意識する必要性がある。それを怠るとこちらからのコンタクトは一切出来なくなってしまい、相手からの連絡のみが唯一の連絡手段となる。

ちなみに、大抵の人がこの「プーサ」と呼ばれる通信料金購入システムを利用しているのが現状で、結局、通信料金を自己管理してお店の営業時間を気にしながら調整しなければいけない「手間」は発生してしまうのである。

「その時々の手持ちがなければ電話も使えない」といった懐事情にマッチしたシステムであるといえるが、購入した電話番号の使用有効期限は三ヶ月までなので、その間に「プーサ」の新規加算がないと見なされると即刻通話不能となり、新たな電話番号を購入しなければいけなくなる。

だから年に数回電話番号が変わってしまう人もいるし、三ヶ月という失効猶予期間の瀬戸際で常に戦っている人もいたりする。
生活が便利になるということは、当たり前のことながらお金もかかってくるのである。

ところで。
冒頭に立ち戻って頂ければおわかりの通り、この日私が最も書きたかったことはバリ島の携帯電話事情などではない。

未登録の着信番号には一切応対しないほど小心者な私であるが、この日は「自分の直感を信じて例外的な行動を取ったことによりひと時の幸福を得た」という素晴らしい話である。

その電話が鳴ったのは、「そろそろ昼飯でも食べにいくかぁ」と、サラリーマンのおやじ風に呟いてみたときのことであった。
まずは表示画面を見る。
受信番号は表示されているが未登録である。名前が出ない。
鳴り響くコール音の中、私は葛藤していた。

「これはいよいよ、ひょっとしたらひょっとするかもしれない」

恐る恐る通話ボタンを押した。

「あー、もしもしぃ〜」
!!!!
「もっ、もしもしっ!!!」
「あっ、出た。元気ぃ? ほら、さっきみたいに元気な声出してごらん」
すかさず本題に入るゆとりのなさにガッカリするが、それは「元気?」と声を掛けることすら省いてしまう私に言えたことではないので我妹を許す。

「アーーー」
インドから電話しているとは思えないほどの感度の良さで、姪っ子の声が聞こえてきた。
思わず不気味なほどのネコ撫で声で姪っ子の名前を連呼すると、「あ、もしもし? 聞こえた?」と割って入る妹。「邪魔だ! どけっ!!」そう叫びたい心情を押さえる。

「あ、今笑ってるよ」
電話の向こうで姪っ子の「あはは」という笑い声が聞こえてきた。
しかし妹が受話器を当てたタイミングが悪かったのだろう。その後は「フー、フーーー」といった、姪っ子の怪しくも力強い息遣いしか聞こえなくなってしまった。ロウソクの火を吹き消せそうな勢いである。

そしてやがて飽きてしまったのか、「えへっ、えへっ」という大泣きへの助走へと入り、それは予想通り「わあぁぁぁ〜ん」という男泣きへと変わった。

最初こそ「あぁ、元気いっぱい泣いてるねぇ」と微笑ましく思えたものの、大袈裟な話ではなく、受話器を持つ妹の向こうから漏れ聞こえるその声は、耳をつんざくほどに凄まじく、「ちょっと、いい加減あやしなよ。眠いんじゃないの?」と、呑気な妹をたしなめるほどとなった。

それでも「いいの、いいの。いっつもああだから。本気で泣き始めた頃にあやさないと眠らないし」と、母親。
あんたが良くとも「私は迷惑」といよいよ本音が出そうになったが、というよりそれはすでに「本気泣き」に入っているだろう!! ということで「もういいから、抱っこして眠らせてあげて」またね、と、名残惜しいが電話を切った。

泣き声メインの姪っ子だったが、私はとても幸せな気分に満ちていた。
電話を掛けてきてくれた妹にも感謝をした。
たとえそれが「いつもグズリ始めるタイミング」での電話であったとしても―――。

それに何よりアレだな。私の「優れた直感」だよね、決め手は。大したもんだ。
と、そんなの「常に電話を受ける態勢」にあれば、別段特別なことではない普通のことであるという事実に、その時はまったく気付かず「自分に感心しきり」のイタイ私なのであった。


【今日くらいの出来事】〜そのとき注目した話題やニュースを取り上げて活字にしてみたらこーなった〜
えなりかずき“初スキャンダル”にモジモジ(スポーツニッポンより抜粋)
俳優のえなりかずき(22)が先日、フルート演奏者・yumi(23)との熱愛が報じられたんだそうである。
この日は、えなりかずきが司会を務めるフジテレビ系(関西テレビ制作)の情報バラエティー番組「うふふのぷ」(毎週土曜、前8・30)の初回生放送終了後、レギュラー出演者が大阪の同局で会見した際、取材陣から熱愛報道の件を遠まわしに質問されたえなりが、まったく関係のない「近所の犬の出産」に関して触れながら「モジモジするばかりだった」という記事。
★いまどき「モジモジ」などという言葉が躊躇なく当てはめられてしまう希少な俳優(成人)など「えなりかずき」くらいなものであろう。「それって22歳の男としてどうよ」っていうのは、また別の問題として。