姪っ子の離乳食

これはすごい。
撮影時間1分3秒にも及ぶ大作動画。
それを、しつこいようだが、いまだアナログ回線が主流にあるバリ島に滞在している私に「重いと思うけど頑張って受信して」という件名で送信してくる妹が、すごい。
頑張りようがないって。

「今まで送られてきた動画の中で一番傑作」だという姪っ子の動画。

よかろう。
私は覚悟を決めちゃうよ。
この席、あと30分は動かないよ。

どきどきしながらネット屋でダウンロードをスタートした。
準備がいいことに、今日はバッグの中に文庫本を忍ばせている。
受信中はこれで気でも紛らわせておけば良い。
ものすごく遅いが、幸い他のウインドウを開いて別サイトを閲覧することも出来る。
なんとか辛抱できそうだ。

ダウンロードが完了するまで、恐らく30分以上はかかったと思う。
はじめこそ、チラチラとダウンロードの進み具合を気にしていたが、あまりにも時間がかかりすぎて、途中で「姪っ子」のことすら忘れてしまった。

移し終えたデータを「部屋に戻ってこっそり何度も楽しもう」と、宝物を搭載したラックトップを大事に抱えて宿に戻る。

実はこの日に限ったことではなく、私は何度となくこの行為を試みていた。
今日で4回目にも及ぶ「姪っ子の離乳食動画」のダウンロード。
だがしかし。
クリックしても「エラー」が虚しく表示されるばかりで、今まで一度として上映会が行われることはなかった。

そのお陰で、私がいままでどれだけ歯がゆい思いをしてきたことか。
悔しくてなかなか寝付けず、「どうして私はあのとき、きちんと動画が作動するかネット屋で確認してこなかったのだろう」と、そんな切ない夜を四度は体験しているのである。
学習能力の欠如とは、まったくもって恐ろしいことである。

そしてこの夜。
私は禁断を破ってしまった。
持参のラックトップがダメなら、ネット屋のパソコンでなら動画を見ることが出来るのではないか?

出来たらラッキーだ。
ラッキーだけど、どんなシロモノが流れるかもわからないものを、他のお客さまがいる中で、不明な音声と共にいきなり流してもいいものだろうか?

いや。
どんなものが映し出されるのかはわかっている。

「あの」姪っ子である。

「あいやー」とか「うぐっ」とか「があぁぁぁ」とか「ふぐあぁぁぁぁ」とか、そしてしまいには「うわあぁぁぁ〜ん」とか言って豪快に泣き叫ぶ、愛しの姪っ子である。

ちょ〜ラブリィ〜。

何を躊躇してる!
今すぐダウンロードだ!!
皆さんがご利用になられているあれらのパソコンすべて使って試したって構わない。
その価値が少なくとも「私」にはある!!!

そして、動いた。
今まで頑として「エラーだから」とのことで表示してくれなかった姪っ子の「離乳食をパクつく姿」。
むろん、ばっちりネット屋のスタッフにも見られてしまったが構わない。
姪っ子を指差し「男の子だよぉ」と失礼なことも言われたが、実際他人さまには100%の確率で「男の子だ」と認知され続けていることなので大目に見てやる。

愛しの姪っ子はテーブル付きの動くイスに座っていた。
母親と向かい合い、睨み合っている真っ最中だ。
沈黙を破ったのは姪っ子である。

「ばん!!!」と、肉付きのよい左手でテーブルを叩いた。
ガツン!!! と、鈍い音が響く。
おい! 大丈夫かっ?! それは痛いだろう。
姪っ子の恐れを知らない行動にハラハラする。

目の前で、離乳食をすくったスプーンを持つ母親に「早くお口の中へ」と、抗議の訴えを起こしたのである。
それを知ってこの母親は「あわてないの」と言う。
愉しんでいる。この母親は明らかにこの状況を愉しんでいる。

まったくもってケシカラン!
そのスプーンを私によこしなさい。
その焦らし役は私のものである。

たまらず、時折「あー」とか言って、なおも腕を凶暴に振り続ける姪っ子。
頑張れ! そんなヤツ一発お見舞いしてやるんだ!!
「あわてないの!」
慌てさせているのはお前のその行為だ!! 

姪っ子並みに私がイラつき始めた頃、母親がようやく娘の口へおマンマを運んだ。
あむっ。
「おおっ」食べたよ。

マズッ。
そんな顔だった。
次の瞬間、白いドロっとした液状のものが、姪っ子の口からわずかに流れ出た。
「オイシイ、じゃない」
きっとそう言いたかったに違いない。期待外れありありの顔だ。

そんなことはまるっきり無視で「はい。アーン」と姪っ子の口に青汁をせっせと運び入れる母親。
それに応えるように、ヒナドリノのごとく大口を開ける姪っ子。
なんだ? マズイんじゃないのか?
再びクローズアップされる姪っ子のお食事顔。

オエッ。
今度はしっかり眉間に皺を寄せている。

マズイ! それは「オイシイ、じゃない」に決まっているぞ!!

父親たまらず横から「なんか全然おいしそうな顔してないんだけど」とナイスな一言。
たまには正当なことを言う。

でも、食べる。
お口の周りをしっかり汚しながらもぐもぐ食べる。
「もっとチョウダイ、もっとチョウダイ」と、両手を延ばし、口をアーンと開き、スプーンに照準を合わせるように首を振って、微調整しながら。

一時期、私と妹は姪っ子のことを「ガッツ子」と呼んでいたときがあった。
なぜなら授乳の際に必ず「かはっ!!」という赤ちゃんらしからぬ音を出し、「ごほっ、ごほっ」と、苦しそうにむせていたからだ。ガツガツし過ぎである。

そんな姪っ子だが、彼女と初対面をしたそのとき、父と母は「とにかく体が小さかったから、目だけがやたらと大きく感じて驚いた」と、後にそう言った。
私が姪っ子を抱き上げたのは、誕生からしばらくしてからのことだったので、当時の様子は写真を通してでしか知ることができない。

たやすく折れてしまいそうな細い手足。
安らかにというより、疲れ果てたような顔つきの寝顔。
はかなげな表情を浮かべ、病院の保育器の中で横たわる姪っ子。

私が日本に帰国したのは、姪っ子が、実に一ヶ月半にも及ぶ入院から解放された翌日のことであった。

この子は生まれてからずっと、長く辛い病院での治療を、その小さな体でひとり耐え続けてきたのである。
人一倍「生きる」ということに必死だったに違いない。

だからきっと、この子は強くてたくましい人間になる。
それ以上に、人肌を恋しく思う甘ったれた子にもなるだろう。
だけど、それはきっと、誰より「愛情」という力の大きさと、大切さを知っているからに他ならない。

今では変わり果てたように見事なぽっちゃり体型になった姪っ子。
キミのママは「髪が薄くて頭が大きい」とぼやいていたけど、髪の毛、ちょっと多くなってきたね。残念ながら頭の大きさはそのままだけれど。

これから前歯とか生えてきて、笑うとビーバーみたいで可愛いんだろうな。
最初に話す言葉はやっぱり「ママ」なのかな? 
まだまだ先の話だけど、私のことは「おばちゃん」とは呼ばせないよ。
大事な人には名前で呼んで欲しいんだ。

私たちの手から遠く離れた地インドで、新しい生活を始めた姪っ子へ。
今日、キミが離乳食を口にする姿を見て、スクスク育ってるんだって、相変わらず食いしん坊なんだって、安心しました。

今度会える頃は、自分でスプーンが持てるようになってるのかな?
それでも、一度でいいから私にも「アーン」をさせてね。
ママみたいにもったいぶったりしないから。
上手にお口に運んでみせるから。