重い腰上げキッチンに立つ

ごく一部の仲間内には公表していたが、ネパールで毎朝カレー作りに励んでいた。

世界中から集った旅行者で賑わうタメル地区の一角で、ネパールの代表的な料理である「ダルバート」のレストランを経営しているネパール人の友達がいる。

レストランというより、「定食屋」もしくは「食堂」と表現した方がしっくりするような、とっても庶民的なたたずまいではあるが、それゆえにというか、現地の人たちには「安くてウマイ」と評判のダルバート屋さんだ。

細い路地をちょっと入ったわかりづらい場所にあるにもかかわらず、チラホラ旅行者なんかもやって来たりして不思議に思っていたが、今回はじめてその店が、数年前から某旅行ガイドブックにも掲載されている食堂なのだと知り、ちょっと驚いた。


私が初めて、そのネパールカレーを出すダルバート屋さんに入ったのは、三年くらい前だったと思う。

食堂を始めたのはちょうど三年前だというから、知らないところで意外に古くからの付き合いとなる。

近くのランドリー屋さんのスタッフに「美味しくて安いダルバート屋さん」として紹介されたのがキッカケだったが、私の最初の感想といえば「それほどでもないじゃん」であった。

「現地の味」というか「本場の味」に慣れ親しんでいなかったのである。

ところがその頃から、現地の友達の手料理を、ほぼ毎日のようにご馳走になるようになり、私は気付いた。

「この店のカレーの辛味には、他にはないコクがある」

そして「マトンはものすごくウマイ。今までチキン一辺倒だった自分が恥ずかしいわ」というオマケまで発見してしまったのだ。

そうして私は徐々に、その店のちょっとした常連となっていったのだが、今回は「客」としてでなく「弟子入り」したのには、ちっちゃいワケがある。

親しい友人にネパールの国民食を味わってもらい、一人でも多くの人に「まずは食からその国に対して興味を持ってもらいたい」と、そしてあわよくば「いずれは一緒に旅行してトレッキングにでも・・・」などと、企んだからである。

大そうな理由のようにも思えるし、ものすごい押し付けなうえに、年に数回しか料理を作らないという私の習性を知っている人間からしてみたら、「そのような人間が挑戦する料理を食べさせられる人は気の毒である」ということにもなりかねない。

まぁ、そんな他人の迷惑なんてかえりみないで、実際作っちゃったけどね、今日。

他人といっても血の通った身内。家族がターゲット。

「もうすぐバリ島に旅立つかわいい妹に懐かしい味を」と、「本当は面倒なんだけどね」って気持ちを一切顔には出さず、だけどなかなかキッチンに立たないもんだから「作るって言ったよね?」と、妹から軽くせっつかれて、料理を始めた。

師匠でもある友達からは、ダルバートを作るのに欠かせない香辛料をごっさりプレゼントされたうえに「足りなくなったらEMSで送るから」なんて、ありがたいような、「絶対作れよ」的なプレッシャーを受けた気持ちでいた私は、「料理の手順を忘れてしまう前に一度作ってみないと」という思いもあり、覚悟を決めて数種類の香辛料を並べた。

しかし、である。

これまで実践の場で100人近い人間の、お客様のカレーを作っていた私。

人間ふたり分の分量がわからない。

ある日師匠に「4人分くらいのカレーを作るには、香辛料はどれくらいの分量が必要ですか?」と訊ねたところ、「a little bit」と答えられたのが原因で、私は「具体的な数値など大事ではない。すべては目分量と感覚(センス)と経験である!」と、判断。

そのいずれも自分は持ち合わせていないという事実に向かい合うことなく、「まぁ、どうにかなんだろ」と、それでも、大まかな師匠のアドバイスをノートに書き連ね、それを頼りに私は帰国した。

そして今日、やはり私はキッチンでひとり立ち尽くしてしまった。

オイルどんだけ?

ポテトいかほど?

まったくもってダメなのであった。

それでも、細かいことから指摘しちゃえば、ネパールとは料理を作る環境自体が異なるのである。

鍋の種類、火力、素材の質、などなど。

誰かとまったく同じ料理など、味わいなど、出すことなんてできない。

「できない人間」の開き直りかもしれないが、私は自分流のネパールカレーを作ることにした。

そうして完成した「私流ネパールカレー」は、いつもは手厳しい妹に「近いよ」という嬉しいコメントをもらうことに成功したのであった。

でも。

目をつぶれない衝撃的な事実も同時に発覚。

多少予測はしていたけれど、これほどまでにネパールカレーと日本米の相性が良くないとは・・・。

もちもちした食感の日本米に、ネパールカレーの味は引き立たない。

「試しに一口どうぞ」と差し出した父から「絶対に食わない!」という暴言を吐かれたことよりショックである。

さて、この最大の問題をどう乗り切るか。

ネパール米、EMSで送ってもらうか?